イギリスの俳優ベン・ウィショーの情報やベンについて。映画, 文学、美術、音楽、自然・・・ベンに通じると思われる美しいものすべて。副題はジョン ・ キーツの詩「エンディミオン」冒頭 より
by ulala1014cat
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ベン・ウィショー インスパイアーされた社会思想家エドワード・カーペンター

E.カーペンターのことをにわか勉強していたら次のような記事を見つけました。

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                  Edward Carpenter (1844-1929)

― 以下どちらも部分抜粋です ―

【ダルマ舎平山昇】
2009年7月26日 (日)
<脱労働力商品への道-その6->

「明治・大正期の日本の社会運動家に影響を与えたのは、カーライルやラスキンやモリスの思想であり、賀川豊彦も宮沢賢治も白樺派も、ギルドやスモール・コミュニティづくりを試みた訳であるが、現在では省みられることが少ない。そして、同様な人にエドワード・カーペンターもいるから、カーペンターについても、少しだけ書いておきたい。

モリスが参加した社会民主連盟の機関誌『ジャスティス』の創刊資金を提供したエドワード・カーペンターであったが、稲田敦子『共生思想の先駆的系譜』(木魂社 2000)によれば、「オウエンの問題をすすめて、こうした教育を基盤として人間的な労働の管理と「教育を前提にした経済関係」を提起したのがラスキンであり、この問題をさらに深め内実化しようとしたのがカーペンターであった」(P139)ということである。カーペンターは、煙害公害を告発するとともに、工業と農業を結合させた「産業の村」を構想して、農業と共同生活を実践し、「小規模ながら直接生産の共同体をそれぞれ作り、その中で相互の共同活動を目指そうとしたのである」(P117)とある。

私がカーペンターを知ったのは、石川三四郎の著作からであった。石川三四郎は、大逆事件後の1913年にヨーロッパに渡り、1920年まで亡命生活を送るが、その間にカーペンターを訪ねて、コミュニティ生活を体験している。そして、帰国後は、千歳村に「共学社」を設立して、自らミニ農耕コミュニティを実践した。

カーペンターは、アメリカの詩人ホイットマンに影響を受けている。カーライルがアメリカの超絶主義、アメリカン・ルネッサンスに影響を与え、さらにホイットマンはカーペンターに影響を与え、夏目漱石はカーライルに、石川三四郎はカーペンターに私淑するという関係をみると、ここでもまた、世界はつながり合ってつくられているのだということがよく分かるのである。」

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【日本の良心 石川三四郎(3)】

「ロンドンでカーペンターに会い、更にミルソープに出かけてみると、彼の家は文字通り野中の一軒家で、周囲には家が全くなかった。カーペンターは仲間と一緒に農業共同体を作り集団生活を送っていると思っていたのに、同性愛者の彼はその野中の一軒家でメリルという30代の男性と二人だけでひっそりと暮らしていた。
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                        Millthorpe
石川は、カーペンターから愛人のメリルを撮影した全裸の写真を見せられた。カーペンターは、また、石川が裸になって行水をしている部屋に、自分も裸になって入ってきて体に触れたりしたが、石川は軽く受け流して拒まなかった。

石川はカーペンターの世話で彼の姪が嫁いでいるロンドン郊外の銀行家の家に寄宿し、半年を過ごしている。彼は皿洗いをして生活費を稼ぎながら、何とかしてイギリスで定職につきたいと願ったが果たせなかった。

石川は無政府社会を実現するための方法を論じる前に、資本社会の誘惑に負けない生活スタイルについて論じる。彼は社会革命の前に人間革命が必要だと強調してきた。だが、人間革命によって実現さるべき各人の存在仕方、処世法が何であるか、明確には掴めないでいた。それがカーペンターやポール・ルクリュの生き方に触れ、自らも農民として生きてみて、土に根ざした労働の生活ではないかと思い当たったのである。

それでは、土に根ざした労働の生活と「美的生活」とは、どのようにかかわってくるのだろうか。土の生活について述べるとき、彼は何時でもそれとのセットのように美を持ち出すのだが、どうしてそんなものを持ち出す必要があるのだろうか。

これも実はカーペンター直伝の思想なのである。カーペンターは、自然の生み出したものをすべて美とする立場に立っている。衣服には自己顕示欲のような不純な欲求が刻印されているが、人間の裸体にはそんな要素が混じっていない。生身の四肢の一切が、そのままで純粋に美しいのである。美は衣服にではなく、裸身にある。」

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私は決してゲイ的世界に特別興味のある人間ではありません。
でも多分、ベンと同じでそのような立場にある人が社会でどう生きていくのかという苦悩・・・・・そしてその苦悩ゆえの人生でのエネルギーの輝かせ方・・・のようなものにとても興味があります。その苦悩するエネルギーは時として痛々しかったり、社会から理不尽に阻害されたり、苛酷なほどの哀しみなのだけど、それだから輝いたとき極上に美しい。
そういう遺伝子を持って生まれた人たち特有の美意識や芸術センスが好きです。



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※ 上記抜粋記事は個人の方のブログサイトより引用・転載させていただいています。不都合がおありでしたら、ご一報ください。
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by ulala1014cat | 2010-02-28 13:43 | その他
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